事故から1年

 

 今では、すっかり元気になった78歳になる母親であるが事故からちょうど1年が経過した。
1年前の秋晴れの日の夕方、ちょうど早番だったこともあり仕事を終えて最寄りの駅にたどり着
いた時に親父から連絡があって、
 「大したことはないんやけんど、母さんがまた事故して今、病院におるんよ。
  あっ、命とかは別に異常はないけん。」
と言ってきたのである。
 うちの母親は、一応車の免許を持ってはいるがペーパードライバーで、原付しか乗れない人であ
る。
 今から10年ほど前も原付を運転中に事故を起こして、今回と同じように父親から
 「大したことはないんやけんど」
から始まって、いざ病院に行ってみると
 『頭蓋骨骨折、腰椎圧迫骨折』
の重傷で、走行中、車に追突されて20メートルほど前方へ飛ばされたそうで、危うく命を落とす
所で全然大したことはなく私や妹が非常にびっくりしたことがあった。
 それからは、父に母が再び事故に遭った時は、命に関わるかどうかを先に教えてくれと言ったの
を覚えていたみたいで先に話してくれたみたいである。
 私の帰宅方向とは逆の病院で、すでに電車に乗っていたので帰ってから車で行くことを伝えた。
自宅から車で約50分ほどの距離にある病院へ着くと、父と妹が待合室におり、私にはもう一人、
妹がいるが県外に住んでおり上の妹が先に電話をして話したそうであるが、容体によってはうちが
電話をしなければと思っていた。
 母親の怪我は、両鎖骨の骨折と右肩と右手首の骨折で約2ケ月の重傷と診断されたが、全く命に
関わることはない怪我でまずは安心した。
今回も母が原付に乗っていた時で、実家の敷地に通じる私道があり周りが田んぼがある所で、私道
なのでアスファルトやコンクリート舗装されておらず、ごく普通の土であり多少ボコボコしている
道である。
たまたま父が敷地内で作業をしている時に母親が運転する原付が通ってくるのが分かったみたいで
何気なく片手を挙げたみたいである。
 すると母も父につられて走行中に左手を挙げた瞬間、ボコボコしている箇所でタイヤを取られた
のかバランスを失って転倒したみたいである。(父親に因果関係があるのではΣ(゚Д゚))
 父いわく、母は転倒する時、ヘッドスライディングみたいに前へ滑り込んだみたいで、原付は無
事実家の敷地へ滑り込んだのに対して母は敷地から1メートル手前で止まったみたいだ。
 「もうちょっとやったのになぁ~」
と父は言っているが、敷地に入っていたら母は怪我をしていなかったのだろうか?
父が話していたことを母に言うといつかきっと毒を盛られることだろうΣ(゚Д゚)
 しかし、母に事故当時のことを聞いてみるとほぼ内容的には父と言っていることと同じで、
 「もう少しで敷地に入れていたのに~」
と話していた。
 うちの両親は、怪我のことよりも転倒しててでも家の敷地に入っていたいのか?
 今度、敷地の前にボウリングのピンでも置いていたら倒してくれるのだろうか?
 幸い、父も仕事を退職してずっと家にいるので母の面倒を見ることができるし、同居してい
る妹も看護師なので扱いには慣れており、仕事明けの時は父に代わって面倒を見ていた。
 私も仕事帰りに様子を見に行ったり、入院中、何度か妻と子供と一緒に見舞いにも行った。
 両鎖骨と右肩等を骨折しているため、最初の1ケ月は腕を動かせることができず、食事も一
人では食べれないので誰かが付き添いでいなければならなかった。
父と妹が居たので、私としてもとても感謝している。
 2ケ月目からは、リハビリでまずは腕を上げる練習から始まり、肩を動かすリハビリでそれ
がとても痛いらしく、しかし、ただでさえ高齢なので多少は我慢してでも動かさないと筋肉が
固まってしまうらしい。
父も同伴でリハビリに行っていたので、その時に見た器具を自宅でも再現しようと思って、ホ
ームセンターで機材を買ってきて手製のリハビリ装置を物干場へ作ったのである。
物干場の最上部鉄骨に滑車を付けてロープを垂らして両手で交互に自分の力で引き上げる装置
である。
退院後も母は、時間を見つけてはそれでリハビリをしたおかげか、今では年齢のわりにスムー
ズに腕が上がるようになったのである。
 母は昔はかなりの病弱であったらしいが、若い時に当時としては珍しいヨガにハマり、本場イ
ンドまで行って修行をしてきた強者である。
それからは、ヨガのインストラクターをしたり、私や妹を生んでからはマラソンにハマり、県走
会のメンバーとなって全国のマラソン大会に出たり、何度かホノルルマラソンにも出場している。
70歳を過ぎてからは、距離は短くなったが年に何度かは10キロマラソンに出場し上位の成績
を残しているのである。
 すっかり歳をとってしまい、昔、私が幼い時はミニスカートを履いていた面影はほとんどない
がここまで兄妹を育ててくれたことは今でも非常に感謝している。
 今はとても元気で元の通り原付に乗っているが、やっぱり年齢のことを考えると心配な部分は
ある所であり、そろそろ原付を卒業してもらい不便ではあるが公共交通機関を使用してもらうな
ど考えてもらう必要もあるのかなと思う所である。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket